PUKKA INTERMISSION

雑誌 FIGARO japan 「地中海の島へ。」バックナンバーを読んだ。ギリシャ、スペイン、クロアチア、イタリアの美しい島々。モノに溢れていない、モノに占領されていない、人々の豊かな心。

言葉の魔術師

映画は見た。勿論、スタンリー・キューブリック監督作品。でも小説は未読だった。機会あって、ようやく手にしたウラジミール・ナボコフ著『ロリータ』。


最初は頑張って「原書で読もう!」と意気込んだけど、いやいや、奇天烈で難解な文章は、私の能力じゃついていけません。新訳が出たとかで、そのバージョンを読むことにした。翻訳者は大口たたいたわりに、評判は芳しくないようで(苦笑)。


ともかく、20世紀の素晴らしき文学作品、果たして自分はどのように理解するのか?感じるのか?今すぐ読みたくうずうずしているのだが、村上春樹『ねじまき鳥クロニクル 第2部 予言する鳥編』を読んでいる最中なので、まずはこちらを読了してから。


そのナボコフであるが、帝政ロシア時代のサンクト・ぺてルブルクに生まれ、母国語はロシア語なわけだ。それなのに英語で『ロリータ』を書き上げ、英語を巧みに操り、言葉の魔術師として名をとどろかした。だいたい、ネイティヴでさえ(英語圏ですよ)「こりゃ、難解極まりない」っていうんだから、恐れ入った。確かに、彼にしてみれば英語は母国語ではないので、表現の真意をオブラートに包む場合があるのかもしれない。でもネイティヴにとっては、新鮮な驚きになると思う。ネイティヴが通常使わない言葉を引き出して、言葉に光を与えるのは、とても興味あることだ。これ、日本に住んでいる外国人にも当てはまる。うちの会社には色々な国の人々がいるけど、流暢に
日本語を話し、丁寧で心のこもったメールが届きますもん。


と、このように世の中には奇特にも、言葉を自由に操れる人間が存在するわけで…。『Heart Of Darkness』(邦題:『闇の奥』)で有名なジョゼフ・コンラッドもそう。コンラッドはポーランドで生まれ、母国語はポーランド語。青年期にイギリスに渡り(その後、イギリスに帰化した)、英語を学びながら、世界各地を航海したという。コンラッドはナボコフと違い(ナボコフはケンブリッジ大学卒)、特に高等教育を受けたわけでなく、経験が全てであった。そこがまた、彼の作品にも影響を及ぼしているのだけど、すごいことですよ。


以前、イギリスにいる知り合いからコンラッド著『The Secret Agent』(邦題:『密偵』)を送られたのだが、未だ読んでいない。この作品を読めるように、英語力も付けないといけないなぁ。


双方とも、母国語は英語ではないのに、英語で傑作を書き残しているなんて、もう唸るしかないです。だいたい、母国語でも
そうそう文章って書けないし。それを流暢に、知的に、ユーモアを持って作品にしてしまうのだから、痺れてしまいます。


それにしても…、どのような環境に身を置けば、このような鋭い感性を得ることが出来るのだろうか。2人の奇才よ、少しヒントを下され!


P.S 本に囲まれた生活は、それはそれで充実しています。

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コメント


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文学・小説づいてますな。
私も「小説」「物語」を読みたいなあと思います。
この2年ほど読むのはほとんど実用書ばかり、「〜する方法」「〜したときはこうせよ」etc。うるおいというものがありません。ロマンが欠けております。

good child | URL | 2007年01月22日(Mon)22:36 [EDIT]