PUKKA INTERMISSION

雑誌 FIGARO japan 「地中海の島へ。」バックナンバーを読んだ。ギリシャ、スペイン、クロアチア、イタリアの美しい島々。モノに溢れていない、モノに占領されていない、人々の豊かな心。

本棚に眠っていた本、いざ目覚めのとき。

友人から譲り受けたDVD「ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男」を見終わった後、私はマリアンヌ・フェイスフル自叙伝を探した。理由 → 宿命の女、アニタ・パレンバーグの写真を見たかったから。でもアニタの写真は、年月を重ねたおば〜ちゃんの姿と、顔の一部(目力ばっちり)のみ。マリアンヌの自叙伝の中に、美しいアニタがいると思ったのになぁ〜。残念。


マリアンヌ・フェイスフルの自叙伝を探した際、積み重なっていた本が崩れ、イアン・マキューアン著「Saturday」を発見。イギリスの知り合いが原書を送ってくれたのだ。気になりつつも、ずっと眠らせていた本。でもこの日は自分の感情状態が違ったのか、何かが乗り移ったのか、イアン・マキューアンという人物に急接近したくなった。ブッカー賞常連でかなり有名な作家なのに、彼の作品は読んだことがなかったし、これはいいきっかけだ!と、早速、行動開始。これまでの彼の作品を調べた。その内容を読んでいくにつれ、想像力を掻き立てられるというか、潜在意識を引き出されさるというか、「今こそ、彼の作品にリズムを合わせろ!」って感じになったみたい(笑)。


「Saturday」(「土曜日」というタイトルで日本語版も発売された)は原書ゆえ、英語から遠ざかっている私の脳細胞には、ちょいと難しいので(苦笑)、まずは日本語で彼の作品を読むことに。翌日には図書館に行き、「アムステルダム」、「セメント・ガーデン」、「贖罪」を借りた。 そうそう、イギリスのアカデミー賞では、キーラ・ナイトレイ主演「つぐない」が17部門でノミネートされた。この「つぐない」、イアン・マキューアン原作、って「ええっ?どの作品?」と思ったら、「贖罪」だった。しかし、本では「贖罪」にしているのに、映画では「つぐない」って、合わせればいいのに…と思うのは私だけ?


「つぐない」は、春ロードショー。 http://www.tsugunai.com/

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『ねじまき鳥クロニクル』読了

村上春樹著『ねじまき鳥クロニクル』三部作を読了。村上春樹作品の中で、一番好きな作品になった。夢中になって読んだし、これだけ活字を自由自在に操り、読ませる内容を書く(それも圧倒的なディティール)村上春樹という人物は、率直に、力ある作家だと思う。


この作品、世に出てからかなり時が経つ(10年くらいかしら?)みたいだけど…。どうも村上春樹の作品って、話題になって10年後くらいによ〜やく手にする私。それも特に「読みたい!」という感じではなく、気まぐれで読みたくなる。『ノルウェーの森』は、高校時代に話題になり、図書館で借りようかと思ったけど、結局借りずじまい。その後、読んではみたけれど、私には響かなかった。実は『ノルウェーの森』で村上春樹デビューしたもので、私の中では「村上春樹に対する懐疑的思考」というのが、少なからず染み付いてしまったみたい(笑い)。


まぁ、好き嫌いなんて、深く考えることではなく、瞬時にひらめくものなのです。


ところが或る時、村上春樹がフィッツジェラルド(たぶん、ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック)について書いた本を読んだら、これが面白かったのだ。取り立てて特別なことを書いているわけじゃないけど、本を通して、風景が見えたから。その後、彼が翻訳したフィッツジェラルドの『マイ・ロスト・シティ』も読んだ。


そこから、彼に対しての呪縛が解かれ、『羊をめぐる冒険』を読み、『ねじまき鳥クロニクル』に至った。


で、『ねじまき鳥クロニクル』、好き嫌いはあると思うけど、私はこういったスーパーフィシャルで、メタファーばりばりな作品、嫌いじゃない。たぶん、今現在の自分の精神レベルが、めちゃくちゃこの作品にぴったりとはまり、何らかのメタファーが「かちっ!」とリンクしたんだと思う。登場人物も結構多いけど、それぞれのカラーがなかなか面白いし、「ご近所さんにいるのではないか?」という錯覚に陥るくらい、ヴィヴィッドに描かれているの。


よくまぁ、こういったストーリー、書けたもんだ。ところどころ「えっ?何言いたいんだ?」なんてこともあったけど、人間自体複雑じゃないですか。この作品を通して、考えちゃったことあったし。ここ最近の私のテーマにもなっている「人間との関わり方」ってやつ(笑)。


というわけで、この長い作品を読了したので、早速、ナボコフ著『ロリータ』に着手。これ、やはり原書で読める人がうらやましいかも。言葉遊びが極めてユニークだから。

※だいたい、5分の1くらい読んだけど、彼の表現方法(もしくは翻訳者の感性か?)にぷぷっ!と笑ってしまう自分がいます…。

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言葉の魔術師

映画は見た。勿論、スタンリー・キューブリック監督作品。でも小説は未読だった。機会あって、ようやく手にしたウラジミール・ナボコフ著『ロリータ』。


最初は頑張って「原書で読もう!」と意気込んだけど、いやいや、奇天烈で難解な文章は、私の能力じゃついていけません。新訳が出たとかで、そのバージョンを読むことにした。翻訳者は大口たたいたわりに、評判は芳しくないようで(苦笑)。


ともかく、20世紀の素晴らしき文学作品、果たして自分はどのように理解するのか?感じるのか?今すぐ読みたくうずうずしているのだが、村上春樹『ねじまき鳥クロニクル 第2部 予言する鳥編』を読んでいる最中なので、まずはこちらを読了してから。


そのナボコフであるが、帝政ロシア時代のサンクト・ぺてルブルクに生まれ、母国語はロシア語なわけだ。それなのに英語で『ロリータ』を書き上げ、英語を巧みに操り、言葉の魔術師として名をとどろかした。だいたい、ネイティヴでさえ(英語圏ですよ)「こりゃ、難解極まりない」っていうんだから、恐れ入った。確かに、彼にしてみれば英語は母国語ではないので、表現の真意をオブラートに包む場合があるのかもしれない。でもネイティヴにとっては、新鮮な驚きになると思う。ネイティヴが通常使わない言葉を引き出して、言葉に光を与えるのは、とても興味あることだ。これ、日本に住んでいる外国人にも当てはまる。うちの会社には色々な国の人々がいるけど、流暢に
日本語を話し、丁寧で心のこもったメールが届きますもん。


と、このように世の中には奇特にも、言葉を自由に操れる人間が存在するわけで…。『Heart Of Darkness』(邦題:『闇の奥』)で有名なジョゼフ・コンラッドもそう。コンラッドはポーランドで生まれ、母国語はポーランド語。青年期にイギリスに渡り(その後、イギリスに帰化した)、英語を学びながら、世界各地を航海したという。コンラッドはナボコフと違い(ナボコフはケンブリッジ大学卒)、特に高等教育を受けたわけでなく、経験が全てであった。そこがまた、彼の作品にも影響を及ぼしているのだけど、すごいことですよ。


以前、イギリスにいる知り合いからコンラッド著『The Secret Agent』(邦題:『密偵』)を送られたのだが、未だ読んでいない。この作品を読めるように、英語力も付けないといけないなぁ。


双方とも、母国語は英語ではないのに、英語で傑作を書き残しているなんて、もう唸るしかないです。だいたい、母国語でも
そうそう文章って書けないし。それを流暢に、知的に、ユーモアを持って作品にしてしまうのだから、痺れてしまいます。


それにしても…、どのような環境に身を置けば、このような鋭い感性を得ることが出来るのだろうか。2人の奇才よ、少しヒントを下され!


P.S 本に囲まれた生活は、それはそれで充実しています。

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GORE VIDALという美学

部屋には小さな本棚があって、まだ読んでいない本、何度も読んでクタクタになった本など、無造作に置かれている。その中でも、Gore Vidal著『PALIMPSEST』という本は、どういうわけかいつも手前にあって、目に付く場所に置かれている。


まず、表紙がゴージャス(笑)。自分を愛しているのでしょうねぇ。若かりしころの自分の写真がシルバーカラーで加工されています。でも納得、ハンサムさんだもの。


ゴア・ヴィダールの名前を知ったのは、キングメーカーのシンガー、ロズ・ハーディがきっかけだった。いやぁ、ロズのことは本当に憧れておりまして(笑)、いろんなことを彼の嗜好から学んだ。読書家の彼がNME(だったかな?)のインタビューで「ゴア・ヴィダールが好き」とコメント、私の頭にインプットされた。「いつか読まなきゃ!」と思った私は、素直なファンなのです(笑)。


ゴア・ヴィダール、日本では余り知られていないのでしょうか?興味深い人物であるのに、翻訳作品が少なすぎる。私は持っている『PALIMPSEST』の裏表紙には内容説明があり、或る言葉が目に入った。硫黄島…。ゴアと硫黄島の関係とは何なのだ?と思いますよね〜。実はゴアの初恋で、一番愛した人(男性)が、この硫黄島で戦死したという。今、映画『硫黄島からの手紙』が公開されているじゃない、何か偶然なんだろうけど、驚いてしまいました。論争を起こしたアメリカ文学史上、同性愛を肯定的に綴った作品『都市と柱』(原題:The City and the pillar)は翻訳されているので、ぜひ読んでみたい。


『PALIMPSEST』は…、少しずつ、読もうとするか。かなり分厚い本なので大変そうです。

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映画『カポーティ』番外篇

映画『カポーティ』を見た際、私は隣の席に座った年配女性と仲良くなった。彼女は知り合いを映画に誘おうとしたが、恐い映画だと思い込み、一人で来たと言う。『冷血』は未読だが題材は知っており、それゆえに、友人にショックを与えたくなかったみたい(笑)。誰かを映画に誘う際、そういった気配りも大切なんですなぁ。私なんて感情の赴くままに「これ見たいから、これにしよう!」だもん。勉強になりました。

興味深いことに、この女性は大学時代、カポーティ著『遠い声 遠い部屋』を翻訳した河野一郎氏のゼミ学生であったという。私はゼミの話を聞いて、まくしたてるようにカポーティ、サリンジャー、はたまたビートジェネレーションのことを言うと、…彼女はちんぷんかんぷん(笑)。それもそのはず、彼女はジェーン・オースティンなどのイギリス文学が好きで、アメリカ文学には関心なかったのだ(笑)。またもや突っ走ってしまい、本当にすみませんでした!自分の興味対象を話されると、一瞬でフォーカスしちゃう。私の悪い癖なんだな。でも話せて良かったです。とても上品なおばさまでした。

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