PUKKA INTERMISSION

雑誌 FIGARO japan 「地中海の島へ。」バックナンバーを読んだ。ギリシャ、スペイン、クロアチア、イタリアの美しい島々。モノに溢れていない、モノに占領されていない、人々の豊かな心。

贖罪

イアン・マキューアン「贖罪」読了。


最初、この本のペースを掴むのに時間がかかったのだが、100ページを過ぎたころから波長が合い始めた。


ブライオニー、セシーリア、ロビー、それぞれのプロットが見事だし、ロビーがセシーリア、セシーリアがロビーを「 fate 」だと目覚め、愛を表現するマキューアンの官能さ、しなやかさ、力強さには、目眩がした。少しの間、動悸が止まらなかった。本当に、美しい文体なんだと思う、英語で読めたら、どんなに幸せだろう。


そして後半、何よりもロンドンなのだ。

クラプハム・コモン、ストックウェル、バラム、プリムローズヒル、ブルームズベリー、ランベス、ウェストミンスター、セント・ジェームズ・パーク、ブリクストン、ウォータルー・ブリッジ、リージェント・パーク…、ロンドンのあらゆる場所の名が、目に飛び込んでくる。


私は、それだけで胸が締め付けられる。傍らにあるロンドンA to Z を開き、それぞれの場所を懐かしんだ。あれ?バラム駅?バラムってどこだろう?内容を考えるとサウス・ロンドンっぽいのだが、そのエリアはZone1-2くらいしか覚えていないんだよなぁ〜。


悶々としながら「バラムはどこ?」と調べると、ノーザン・ライン、トゥーティング・ベク(Tooting Bec)駅隣りにバラム駅(Balham)があった。ロンドンは数年住んだのに、降り立ったことのない駅。今度、ロンドンに行く機会があれば、街並みを見てみたいものだ。


自分が贖うべく罪を背負った彼女ゆえ、小説家となったブライオニーが綴った言葉は、深く印象に残った。


「人間とは、まず第一にひとつの物体であって、たやすく裂けるが修復は難しいのだ。 」


「物事の結果すべてを決める絶好調権力を握った存在、つまり神でもある小説家は、いかにして贖罪を達成できるのだろうか?小説家が訴えかけ、あるいは和解し、あるいは許してもらうことのできるような、より高き人間、より高き存在はない。小説家にとって、自己の外部には何もないのである。なぜなら、小説家とは、想像力のなかでみずからの限界と条件とを設定した人間なのだから。神が贖罪することがありえないのと同様、小説家にも贖罪はありえない。たとえ無神論者の小説家であっても。それは常に不可能な仕事だが、そのことが要でもあるのだ。試みることがすべてなのだ。」


より一層、私はイアン・マキューアンという小説家に、ときめいてしまった。


この作品は、キーラ・ナイトレイとジェームズ・マカヴォイ主演で映画化されているが、当初、キーラは18才のブライオニー役だったのを、ジョー・ライト監督に「セシーリアを演じたい」と訴え、役柄が変更になったらしい。そんなエピソードを聞くと、想像の中のセシーリアは、凛とした美しさ漂うキーラが見えてくる。そしてマカヴォイがどのようにロビー・ターナーを演じたのか?早く作品に触れたいものだ。


最後に、「贖罪」の装丁、これぞアート、惹きこまれずにはいられない。

PageTop

セメント・ガーデン/アムステルダム

「セメント・ガーデン」はイアン・マキューアン、1978年の作品。


死体遺棄、近親相姦、トランスヴェスタイト…。当時、かなりセンセーショナルな内容だったであろう「セメント・ガーデン」は、匂い/臭いのある作品だ。思春期特有の妖しい性の匂い、腐敗した人間の臭い、ゴミ、汚物の据えた臭い、そして夏のジリジリした暑さから漂う地面の匂い etc…。読みながら、何度も嗅覚を刺激されてしまった。あまりいいものじゃないけど。


いつの世も、どの国でも、子供たちの「夏休み」というのは、大人が決して踏み込むことの出来ない"秘密"を作りだすのかもしれない。私は末っ子の男の子が、必死に「女の子になりたい」と言い、トランスヴェスタイトになるくだりには、何だか心臓がぎゅっとしてしまった。


実はこの作品、映画化もされている。シャルロット・ゲンズブール主演、それにしても邦題「ルナティック・ラブ〜禁断の姉弟〜」は、稀に見るセンスの無さ。配給会社の知性の無い売り出し方には、全く持って理解できない。



「アムステルダム」は1998年度のブッカー賞作品。(この年は「パトリック・マッケージ著「プルートで朝食を」も最終候補作品に残っている。ニール・ジョーダンが映画化した)


読み終わり、すんなり内容を受け入れたのだけど、訳者あとがきを読んで、「アムステルダム」というタイトルの意味することを知り、唸ってしまった。とてもヨーロッパ的視点であるなぁと思ったし、ふと「自分の死生観はどうなのだろう?」と、目を閉じてしまった。


読み終わった直後より、少し時間がたって、じわりじわり、この作品のエモーションが脳に伝達された感じ。それだけ大人な本であるのかもしれない。


登場人物のヴァーノンが新聞社の編集長ということで、イギリスに存在する各紙の名前が出て(ガーディアン、テレグラフなど)ニヤリとしてしまった。 また「セメント・ガーデン」同様、ここにもトランスヴェスタイトを内容に盛り込んでいる。もっともこちらでは、それが元に大きな事件となるのだけれど。


イアン・マキューアンにとって、トランスヴェスタイトとは何なのか?素人興味で彼に質問したいものだ。

PageTop

好きな場所、図書館。

あっという間に過ぎ去った2007年。


のらりくらり、「あ〜あ」と思っていると、2008年もすでに19日が過ぎ去った。2008年の目標、それは気張らずに「日常を大切に」過ごすこと。あっ、それと部屋の模様替えをすること!自分が好きな空間にいることが、ライフスタイルそのものに一番大切なんだなぁ〜と思う。


もう何年もそうなのだけど、夜、布団に入りながら読書(文字を読む)をすることが、自分にとっての日課となっている。感情のつぶやきを探る旅。去年は今まで以上に、次から次へと、本を読み漁り、図書館へ通った。 本に囲まれていると、何故か安心するみたい。


で、自分が今まで何を読んだか?忘れてしまうときがある…。ははは…。さすがに前に読んだ本を再び借りるというプチ健忘症は無いけれど、まぁ、今後のためにも、2008年は「読んだ本リスト」でもつけてみようと思った。


さてさて、ケロアックの「オン・ザ・ロード」の、果たして新訳はどうだろうか?気になる。


これから、イアン・マキューアン著「贖罪」 を読む。今、イアン・マキューアンの本を読むことは、マイブームの1つ。

PageTop